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房一は手足を洗ふと、簡単に診察着をひつかけて表へ廻つた。
「心臓は多少弱つているが、大したことはない。――いゝかね、あんたの身体はもともと丈夫な身体だ。ようく診たがどこも悪くはない」
「何分ごらんの通りの未熟者でして――」
後で馬がいないと云ふので騒ぎだつた。
房一は笑つていた。
自動車が動き出した時、練吉は唇のはしをびりびりさせ、あの切れ目の顔に何かしら水をかけられたやうな表情になりながら、
「馬子まごにも衣裳つて云ふから――」と云つたほどである。
房一はきつぱり云つた。男は、これは話が判る、といふやうな顔をした。それに押つかぶせるやうに、
風呂にゆつくりとつかつた。
その日もやがて夜となって、夏の温泉場も大抵寝鎮まった午後十二時頃になると、隣の座敷で女の軽い咳の声がきこえる。もちろん、気のせいだとは思いながらも、私は起きてのぞきに行った。何事もないのを見さだめて帰って来ると、やがてまたその咳の声がきこえる。どうも気になるので、また行ってみた。三度目には座敷のまん中へ通って、暗い所にしばらく坐っていたが、やはり何事もなかった。
思はず正文は笑ひかけた。それを隠すやうに小首をかたむけてわきを向くと、又房一の話を傾聴する恰好になつた。そして、一度起きなほつた背はだんだんと柔かく前こゞみになつた。
「杉倉まで――」
これがこの小さな字である。